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大学生がブログ書いています。

能力もないくせにプライドが高いしょーもない大人にはなりたくない

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みなさん、こんにちは。

最近プライドが高い大人と関わることがあって、こんな風にはなりたくないなと思ったりようたです。

プライドが高いやつってなんなん?

プライドだけいっちょ前に高くて、でも行動する力や能力のない大人ってみなさんの周りにいると思います。

そしてそうゆう大人が若手の成長の足を引っ張るんですよね。

あーゆう人ってなんであーなっちゃうんでしょうね。

根性論で片付けてくる

プライドだけが高いしょーもない大人は、やたらと根性論で話を片付けている印象があります。

つい先日もアルバイト先で作業スピードを上げるために作業手順を変えたり作業方法を変えようかという話になったんですが、

「別に今までのやり方でええやろ!作業スピードが遅いのは気持ちが足りてないからや!これは理論じゃないねん!」

しょーもない大人からこんな言葉が飛んできました。

僕はこの言葉のなかで2箇所引っかかるところがありました。

1.変化を恐れている

僕が引っかかった言葉の1つ目に

「別に今までのやり方でええやろ!」

この言葉に引っかかりました。

 

しょーもない大人は今まででやってきたことを変えることに恐れているんです。

今までやってきたことが否定されていると勘違いしてるし、今まで自分がやってきたことは正しかったんだという思いがあるので、変えたくないんです。

もしやり方を変えてしまうとあの人は他者の言いなりになっているとか変に周りからの評価にも恐れているのです。

他者に変えられることに不満があるわけです。

しかも自分の後輩に指摘されるなんてもう我慢できないわけです。

プラスして新しいことを取り入れる順応性がない。

日頃から改善するという意識もないから、新しい何かに取り組むこともないので、いつしか全く変化に対応できない体質になっているのです。

いやー、実に愚かです。

理論で勝てないとわかると根性論を持ち出す

僕が引っかかった言葉の2つ目に

「これは理論じゃないねん!」

という言葉があります。

このしょーもない大人はこの言葉の前まで理論で話していたのですが、自分がその理論に反抗できなくなると理論じゃないねんと今まで行ってきた自分の理論まで否定して変化を拒んできました。

理論で勝てなくなると自分が上の立場だということをいいことにただただ圧力だけで自分の意見を通そうとするのです。

非常に残念ですね。

根性論は理論の行くつく先

根性論も必要なことは十分にわかっていますが、根性論は理論の行く先だと思っています。

しっかりと物事を考えて方向性を定めてそこで駆け抜けようとする根性が必要だと思うんです。

サッカーで日本代表になりたいと言っている少年が

「僕は気持ちだけは誰にも負けない」

と言ってもボールもろくに蹴れないしリフティングもできないし

ってなるとまずは気持ちの前に練習しろよとなりますよね?

根性論はしっかりと練習した人がつかう言葉なんですね。

理論をすっ飛ばして根性だけでなんとかなると思っているお前の根性をどうにかしろよって感じですね。

プライドが高いだけの大人にはなりたくない

身近にプライドだけが高いしょーもない大人がいたことで自分はこうゆう大人になりたくないなと再確認することができました。

しょーもない大人よ、ありがとう。

みなさんももししょーもない大人がいたら自分の気持ちが再確認できたと思ってありがとうと感謝しましょうw

 

以上

「能力もないくせにプライドが高いしょーもない大人にはなりたくない」でした。